管理人管理人雑記帳
ぷろふぃーるのようなもの

高校1年の時茶道部におりました。
しかしたった1ヶ月で挫折です。先生と対面してのふくさ捌きが覚えられなかったのです。体操だって先生は生徒と同じ側の手を上げて分り易くやるものなのに、あんな複雑なたたみ方を左右逆にされたのではついていけません。まっ、できなかったのはわたしだけですけど。だから茶道部やめました。その間お茶をいただいたという記憶がございません。なぜいきなりふくさ捌きなのでしょう?部員全員にに飲ませるだけの経費がなかったためかも知れません。この儀式めいたところが若い身では納得いかなったということです。
手元に残ったものは、扇子と懐紙とふくさです。数十年も経った今でもまだタンスの中に大事にとってあります。戦利品いえ、その屈辱の品を見る度に闘志を燃やして練習しましたから、現在ではうそのように簡単にできますが…。
現在お茶屋の家内となった我が身をふりかえると、何か因縁めいたものを感じます。


余談になりますが、その後演劇部に入りました。自分の早口を初めて自覚できました。こんなにゆっくりしゃべっていいのという位でちょうどいいのですから。この時の経験は後々色々な場面で役立ちました。その後進んだ保育科では、紙芝居を読む授業で、生まれて初めて先生からたいそうなお褒めの言葉をいただきました。



茶碗

愛用の茶碗のひとつです。20年以上も前に知人からいただいたもので宮島焼です。宮島は日本三景のひとつとして、またユネスコ世界文化遺産にも登録された厳島神社で有名なあの「安芸の宮島」です。
宮島焼は別名「御砂焼」とも言われます。この茶碗にも「御砂」の文字が入っています。
安芸の国の人が他国に旅をする時、道中の安全を祈願して厳島神社本殿社下の砂を拝受して出立し、無事帰郷した際は旅行先の砂とともに返すという風習がありました。
この風習に由来して、砂を混ぜて焼いたのが宮島焼の興りと伝えられていますが、残念ながら現在では宮島の砂を焼き込んだ本来の「宮島焼」は焼かれていないそうです。
もちろんこの茶碗にも砂は入っておりませんが、そういういきさつに想いを馳せて茶碗を見ると、一層愛着も湧いてきます。



茶碗

愛用の茶碗のひとつです。



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